勝俣州和は、とんねるずやダウンタウン、ウッチャンナンチャンなど、一世を風靡した大物の共演者とも違和感なく共演できる人気者。
「熱くて」「うるさい」という意見もある一方で、芸能界では和田アキ子をはじめ、大物タレントから愛されるキャラクターとして認識されています。
この記事では、勝俣州和さんのプライベートに焦点を当て、子供たちや妻の鴨下澄子さん、そして世田谷区の自宅について詳しく解説します。
勝俣州和のプロフィール
本名:勝俣州和
生年月日:1965年3月12日
血液型:O
出身地:宮城県仙台市
最終学歴:日本大学文理学部国文学科中退
所属事務所:融合事務所
勝俣邦和の経歴
冠番組は持っていないものの、バラエティ番組に欠かせない存在として活躍する勝俣州和さん。50代になっても、トレードマークの七分丈のパンツは健在です。
1965年3月12日、宮城県仙台市生まれで静岡県御殿場市で育ち、最終学歴は日本大学中退。
21歳で一世風靡セピアの母体である劇男一世風靡に参加した後、萩本欽一さんの番組のオーディションで見つかり、アイドルグループ・CHA-CHAとしてデビューしました。
浅井企画のタレントと思われがちですが、実は融合事務所所属です。
90年代には、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンのいずれとも絡んでいた勝俣州和さん。
これは当時のテレビ界では異例のことであり、何度も番組から外されそうになったと本人が語っています。
それは、とんねるずの番組に出たら他の二者とは共演NG、逆もまたしかりという暗黙のルールがあったからです。
これは芸人たちの指示ではなく、番組制作スタッフによる共演者の囲い込み作戦でした。
勝俣州和の子供は娘と息子一人ずつ
勝俣州和さんには2人の子供がいます。
結婚2年後の2004年10月に長女が生まれ、2009年4月に長男が誕生しました。
娘の名前は「こころ」で、出産に立ち会い、ビデオも撮影したそうです。
息子の名前は公にはされていません。
SNSには子供の送り迎えをする際の目撃情報も上がっています。
自然体でありながらも芸能人としてのオーラを放つ勝俣州和さんに対し、「テレビよりかっこいい」と好印象を抱く人が多いようです。
2023年現在、こころさんは18歳、長男は13歳を迎えますが、2人の画像は目鼻が隠されており、顔立ちがはっきりわかるものは公開されていないようです。
子供たちの通う学校は成城学園とのことです。
勝俣州和の妻は元CAの鴨下澄子さん
高校時代は「御殿場のモックン」と呼ばれたモテ男で、CHA-CHA時代もバレンタインチョコが殺到したという勝俣州和さん。
しかし、独身時代は意外と長く、内村光良さんと「もてないブラザーズ」として活動したこともあります。
後に妻となる鴨下澄子さんは、勝俣さんが35歳で初めて自分から告白して交際を始めた女性でした。
澄子さんは8歳年下で、共通の知人の紹介で出会いました。
当時、国際線のキャビンアテンダントだった澄子さんと売れっ子タレントだった勝俣さんは時間をやりくりしながら早朝デートを重ね、愛を育みました。
交際を始めて2年後、勝俣州和さんが「幸せになろうよ」とディズニーランドのシンデレラ城の前でプロポーズしました。
入籍は2002年10月4日で、当時の勝俣さんは37歳、澄子さんは29歳でした。
現在は専業主婦の澄子さん。
20年近い結婚生活を経ても、勝俣州和さんは記念日や奥さんの誕生日に花束やメッセージカードを贈る愛妻家です。
外出する際は手をつないで歩いたり、交換ノートを綴ったり、大好物は妻の手作りカレーと公言したりと、妻への愛情を物語るエピソードは多いです。
勝俣州和の自宅は世田谷の豪邸
勝俣邦和の自宅は東京・世田谷区成城にあります。
小田急線沿線の成城は都内でも屈指の高級住宅地で、多くの著名人や芸能人が住んでいます。
子供たちが通う成城学園も同じ地域にあります。
2018年7月時点の情報によれば、自宅は屋上から富士山が見える6LDKの一戸建てとのこと。
その後転居したという報道や記事が見当たらないことから、おそらく今も同じ自宅に住んでいると思われます。
ちなみに、勝俣州和さんが初めて一人暮らしをしたのは世田谷区経堂で、こちらも成城から近いです。小田急線沿線がお気に入りなのでしょうか。
まとめ
どの大物芸能人や芸人とも絡める器用さから、業界では「企画成立屋」と呼ばれている勝俣州和さん。
芸能界という浮き沈みの激しい世界で二番手タレントが長く重宝されることはきわめて稀だと思います。
50代になってもどこか清々しさを感じさせる芸風は、年齢を感じさせないアイドルたちと重なって見えてしまいます。