お笑い界のダイヤモンド小田芳裕(おいでやす):元相方や同期達との共演から成功まで

M-1グランプリの決勝進出で一躍脚光を浴びたお笑い芸人、「おいでやすこが」の小田さん。彼の特徴的なツッコミ芸、特にその大声で地団駄を踏むスタイルは、多くの人々を魅了しています。しかし、彼の成功は一夜にして訪れたものではありません。彼のキャリアは、数々のコンビを組み、解散し、再び新たなパートナーを見つけるという経験を重ねてきたものです。今回は、おいでやす小田さんの元相方とその経歴について、詳しく探っていきましょう。

おいでやす小田のプロフィール

おいでやす小田さん、本名は小田芳裕さん。1979年7月25日生まれの40歳で、京都府出身です。血液型はA型で、趣味はバスケットボール。彼の所属事務所は、よしもとクリエイティブ・エージェンシーです。「おいでやす」という芸名は、彼の出身地である京都の方言から取られています。

おいでやす小田の元相方たち

おいでやす小田さんが芸人としてのキャリアをスタートさせたのは2000年。その当初、彼は「蛇腹」というコンビを組んでいました。その相方は、現在「モンスターエンジン」として活動している西森洋一さんでした。しかし、「蛇腹」はわずか1年という短い期間で解散しました。

その後、2003年からは奥重敦史さんと「土瓶」というコンビを組み、約4年間活動しました。しかし、これもまた解散となりました。奥重さんは現在、吉本新喜劇で活躍しています。

おいでやす小田の解散理由とその後の道のり

おいでやす小田さんが多くの相方とコンビを組み、解散する理由は何だったのでしょうか?彼自身が語ったところによれば、「ネタのことでよく喧嘩していました」とのこと。特に、「蛇腹」を解散した理由については、「西村が面白いばかりで意味がないと思ったんです。西村の横にいるやつになるのが嫌だったのでコンビを解散したんです」と語っています。

その後も小田さんはコンビ結成と解散を繰り返し、2008年頃からはピン芸人として活動することになりました。しかし、彼の漫才への情熱は尽きることなく、ピン芸人になった後も毎年即席コンビを結成し、M-1グランプリに出場し続けました。

おいでやす小田の現在の成功

そして2019年、こがけんさんと「おいでやすこが」というコンビを結成。2020年のM-1グランプリでは決勝進出を果たし、その結果、多くのテレビ番組への出演のきっかけを掴み、ブレイクを果たしました。

このブレイクをきっかけに、M-1に出る前は月収15万円だった小田さんの収入は、翌年の1月、2月で当時の年収をあっさりと上回りました。おそらくM-1前後で年収は6倍以上になっていることは確実です。芸人はブレイクしてナンボですね!

まとめ

ここまでおいでやす小田さんの元相方芸人について詳しく見てきました。20年近く芸人をしていて遅咲きではありますが、彼はブレイクを果たしました。R-1グランプリでは何度も決勝へ進出しているので、彼の実力は確かなものです。今後の彼の活躍に期待しましょう。