樹木希林の子育て方法:娘、孫もバイリンガルで俳優。孫はパリコレモデル

個性的な女優として、数え切れないほどの作品に出演し、その演技力と素朴な人柄、そして毒舌が話題を呼んだ樹木希林さん。

そんな彼女の娘・内田也哉子さんは幼いころからアメリカやスイスに留学し、その英語力から通訳として帯同した際に、後の夫・本木雅弘に見初められした。

また、樹木希林の孫もバイリンガルでパリコレモデル。

一体どういう子育てをすればそういう子供やも孫が育つのでしょうか?

 

樹木希林のプロフィール

本名:内田啓子

生年月日:1943年1月15日

没日:2018年9月15日

身長:160cm 出身地:東京都千代田区神田

最終学歴:千代田女学園(現在の武蔵野大学附属千代田高等学院)

 

樹木希林の病気と夫・内田裕也

日本を代表する演技派女優であった樹木希林さん。
彼女は事務所に所属せず、マネージャーやスタイリストも持たず、仕事を選ぶ基準はオファーが来た順番とギャラだけでした。

有名になってもチヤホヤされることを好まず、納得のいくギャラであればどんな仕事でも引き受ける。
これが真のプロの女優と言えるでしょう。

また、樹木希林さんといえば、その私生活が話題となりました。
2003年には網膜剥離により左目を失明し、2013年には全身が癌に侵されていることを公表し、大きな話題となりました。

そして、何といっても内田裕也さんとの奇妙な夫婦関係。
1973年に結婚するも1年半後には別居。
そして1981年に内田裕也さんが無断で離婚届けを提出しました。

しかし、樹木希林さんは離婚は無効であるとして訴訟を起こし、勝訴しました。
ただ、その後も別居生活は続き、年に1度連絡を取るだけという関係だったそうです。

しかし、2005年に樹木希林さんが乳癌の手術を行ったことをきっかけに、連絡の頻度は月に1回に増えました。
そして、毎年お正月はハワイで一緒に過ごすようになったそうです。
きっと癌になったことで、夫婦が一緒に過ごせる残りの時間が短いことを実感したのでしょう。

ただ、それでも最後まで同居をしなかったのが二人らしいですよね。

樹木希林の娘・内田也哉子

そんな二人には一人の子供がいます。その子供が女優やエッセイスト、歌手にナレーターとマルチに活躍する内田也哉子さんです。

2007年には「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」で樹木希林さんが演じた「オカン」の若き頃を演じ、日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞しました。

また、2012年の「わが母の記」でも樹木希林さんが演じた役の若いころを演じ、話題となりまし

た。

そして、何といっても出演したサッポロビールの人気CMシリーズ「大人エレベーター」。

妻夫木聡さんと共演したこのCMで、その独特の語り口と佇まいが大きな話題となりました。

一目見ただけで聴衆を魅了するその存在感は間違いなく樹木希林さん譲りです。

内田也哉子さんの活動の中心は執筆や翻訳ですが、本格的に女優業にシフトすれば、間違いなく歴史に名を刻む女優になることでしょう。
樹木希林さんが亡くなった今、多くの人々が内田也哉子さんが女優として活動することを望んでいるように思えます。

 

娘・内田也哉子の配偶者・本木雅弘

内田也哉子さんは1995年、19歳の時に結婚しました。
その相手は10歳年上の俳優、本木雅弘さんです。

本木雅弘さんとは1992年に内田裕也さんが脚本と主演を務めた映画で共演し、その後、二人で食事をしていた際に内田也哉子さんが合流したのが初めての出会いでした。

ただ、その時の内田也哉子さんは15歳だったため、本木雅弘さんが恋愛感情を抱くことはなかったそうです。

しかし、その翌年、本木雅弘さんが海外で仕事をする際に、17歳になった内田也哉子さんが通訳として同行しました。
この時、見た目の若さと落ち着いた佇まいと仕草のアンバランスさに魅了され、本木雅弘さんが猛アプローチをかけました

そして、初デートの際には交際前にも関わらずプロポーズし、その後2年間愛を育み、結婚に至りました。

このデートをセッティングしたのは樹木希林さんで、本木雅弘さんの娘に対する気持ちを察して、「2人で話をしておいで」と背中を押してくれたそうです。
きっと樹木希林さんは、「この人なら娘を任せられる」と確信していたのでしょう。
そうでなければ、わざわざ出会いの場を用意することはないでしょう。

内田也哉子さんと結婚するということは、樹木希林さんと内田裕也さんと家族になるということです。
これは並大抵の人には務まるとは思えません。
しかし、本木雅弘さんならば、このことも全く問題ないと思ったのでしょう。

また、樹木希林さんの「内田家を残したい」という思いに応え、婿養子になることも快諾しました。

結婚から20年以上が経った現在でも、夫婦仲は良好な二人です。
どうやら樹木希林さんの見る目は確かだったようです。

 

娘・内田也哉子の学歴

通訳として同行したことが縁で結婚した内田也哉子さん。

ここで気になるのは、彼女の学歴です。
17歳で通訳を務めるなんて、一体どのような学校で学んできたのでしょうか。

調べてみると、内田也哉子さんは保育園から小学校まで西町インターナショナルスクールに通っていたようです。

今ではインターナショナルスクールに子供を通わせる芸能人が増えていますが、当時は珍しい存在だったことは間違いありません。

というのも、当時のインターナショナルスクールは学校教育法では無認可校で、インターナショナルスクールに通っても義務教育を受けたことにはならなかったのです。
そのため、内田也哉子さんは小学6年生の頃に公立小学校に転校し、卒業しています。

その後、中学校は渋谷教育学園幕張中学校に進学。
高校は同じく渋谷教育学園幕張高等学校に進学しました。

そして、高校卒業後はアメリカの大学に進学し、卒業しています。

 

樹木希林の育児法は大きく3つ!

樹木希林さんの育児法は独特で、その一部は本人のエッセイやインタビューで語られています。

彼女の育児法の一つに、「子供には自由を与える」というものがあります。
これは、子供が自分で考え、自分で行動することを重視するためです。
また、子供には自分の意志を持つことを尊重し、それを尊重することが大切だと考えていました。

また、樹木希林さんは「子供には自分の意見を持つことを教える」という育児法も採用していました。
これは、子供が自分の意見を持つことで、自分自身を信じる力を育てるためです。
そして、その意見を持つことで、自分自身を表現する力を育てることができると考えていました。

さらに、樹木希林さんは「子供には自分で選択することを教える」という育児法も採用していました。
これは、子供が自分で選択することで、自分自身の人生を自分で切り開く力を育てるためです。
そして、その選択をすることで、自分自身の人生を自分でコントロールする力を育てることができると考えていました。

以上のような育児法を採用することで、樹木希林さんは自分の子供に自由と自立を教え、自分自身の人生を自分で切り開く力を育てることができました。
そして、その結果、内田也哉子さんは自分自身の人生を自分で切り開く力を持つ女性に育つことができました。

これらの育児法は、樹木希林さん自身の人生観が反映されていると言えるでしょう。
そして、その人生観は、内田也哉子さんにもしっかりと受け継がれていると言えるでしょう。

 

まとめ

以上、樹木希林さんの娘・内田也哉子さんとその配偶者、そして独自の育児法について紹介しました。

樹木希林さんの人生観が反映された育児法は、内田也哉子さんにもしっかりと受け継がれていると言えるでしょう。

そして、その結果、内田也哉子さんは自分自身の人生を自分で切り開く力を持つ女性に育つことができました。